暮らしと自然がつながり合う心地よさ
田園の風景に溶け込むよう、シンプルな設計の建物と造園計画に
岡山市郊外の広大な田園風景の中に建つこの家の外観は、とてもシンプルだ。道行く人の視線を遮る外構は、エントランスの一部にコンクリートの壁を一枚配したのみ。敷地周囲にめぐらせた植栽が育てば、緑豊かな垣根となってのびやかな稲のじゅうたんに溶け込んでいくだろう。
人が自然の中に生まれたように、人々の暮らしを重ねる家もまた、自然の中に生きるものであるべきだ。この家を見たとき、そんな当たり前のことを、あらためて思い知らされるような心地がした。
「高い吹き抜けの、暖炉の似合う家に暮らしたい」。それが、田園の中の一角に住居を構えることを決めた施主の第一の要望だった。こだわりの板張り天井をモダンにデザインする設計者を探すうち、「『き』なりの家」に辿り着いた。
アイランドキッチンに立つ時間も、全ての空間を見渡すことが可能
ご主人が惹かれたのは、上質で美しい無垢材を多用し、伝統的な工法を用いながら和のテイストに固執しない、現代の暮らしになじむ空間演出が実現できる点が大きかった。隣地にほとんど建物が無く、視界を遮るものが少ない恵まれた敷地条件において、建物が向く方位や敷地の利用の方法を様々に模索しながら辿り着いた答えが、出来るだけ邪魔なものは配置せず、シンプルに周りの田園風景を楽しめるこの設計だった。
周囲に溶け込む階段のデザイン
玄関を開放的にする和室の設計
カウンターデスクからも景色を楽しむ
家の中を貫く大きな吹き抜け
素直な間取りの随所に、にじむこだわり
高い吹き抜けは空間を繋ぎ、心地よい光を奥まで届けてくれる。
吹き抜けのLDKを中心に、玄関正面の和室からサニタリーまでひと目で見渡せる開放的な1階に、子ども部屋と主寝室を備えた2階。素直な長方形の中に気持ちよく収まった間取りだが、その随所には、ご主人の並々ならぬこだわりと「『き』なりの家」らしい巧みな提案がにじむ。
例えば、階段。リビング階段と呼び得る配置ながら、その上り口は玄関を上がって数歩の場所にあり、来客時もLDKを横切ることなく2階へと上がることができる。蹴込みのないすっきりとした造りはご主人の要望で、その美しいフォルムがいっそう際立って見えるのは、木の素材がその豊かな表情をたたえているがゆえ。たっぷりの外光を取り込む吹き抜けの開口は、日中、のびやかに広がる青空の景色を切り取り、夜になると柔らかな灯りをこぼして家人の帰りをあたたかく迎えてくれる。窓枠に沿うように設えられた木板は、シンプルな白壁の外観のアクセントとして提案されたものだ。
リビングの南北両面に配置された大きな窓は、風が通りにけると同時にプライバシーに配慮しながらも遠く続く田園の風景が日常に感じられるように設計されている。
大きな開口ではあるが、絶妙に庇がデザインされている為、陽射しは移ろう季節に最も心地よく調整されている。階段格子からキッチンの天井、薪ストーブを配した土間スペースまで3面を1本のラインで結ぶ梁はLDKの一体感を際立たせ、ところどころに配した板張り天井は、そのまま窓の外に延びる軒下へと視線を誘う。存在感というほど、主張があるわけではない。ただ、木の持つ独特の彩りが、空間と空間、内と外とをさりげなく繋げ合い、暮らしと風景が絶妙に溶け合う様を印象付けているのだ。
美しさの中に生かされる、優れた機能性
シンプルモダンなキッチン
家づくりの全体像を描いたのは主にご主人だが、キッチンに限ってはやはりそこに立つ機会の多い奥さまのこだわりが大いに反映された。中央に据えたステンレスキッチンは、ともすれば無機質な印象を与えかねない難しいアイテム。側面に木板を設えることも考えたが、上質な木の彩りに囲まれた空間ではかえってうるさく見えるとそのままに。壁面に造りつけた木製シェルフのほか、階段下には和室側に向かって通り抜けることもできるパントリーも設けられ、収納性も抜群だ。さらに、キッチンのすぐ背面がサニタリーというレイアウトも、家事と育児に追われる奥さまにとって、この上ない動線設計だろう。ダイニングの奥まった一角と2階ホールにそれぞれ設けられたカウンターデスクは、将来子どもたちが家族だんらんの中でも自然に机に向かえるようにと配された。
土地の風土と景色に生かされる心地よさと、日々の営みを支える暮らしよさ。そのどちらをも兼ね備えた住まいとともに、紡がれる幸福をゆっくりと味わえそうだ。
考え抜かれた設計によって、機能的に暮らしながらも大きな吹き抜けでつながれた家族それぞれの時間には、田園風景と共にある喜びが溢れていた。
ゆったりとしたサニタリー
軒下も楽しいいぬ走りの設計
吹き抜けを見下ろす楽しい視界
庇を過不足なくシンプルに