隊商宿
隊商宿(キャラバンサライ)は、「キャラバン」という商人の集団が、交易の旅の途中に立ち寄る宿泊施設です。
12世紀から13世紀にかけての統治者(スルタン)は、情報伝達や物資の調達が不便な時代に自国の経済を活性化する為、 国内の交易路(キャラヴァン・ルート)の整備を積極的に行いました。
主要な交通手段がラクダであった当時、交易路には旅する商人に対する盗賊の略奪行為が横行しており、キャラバン隊の命を守る為の中継地の宿が必要でした。要塞としての機能も求められる為か、かなり頑強な組積造の建物になっています。宿泊施設というよりは「城」のような印象の建築でした。
世界遺産建築の宝庫であるトルコにおいては、かなり地味でマイナーな建築ではありますが、当時の国家の威信をかけた建築である所以を随所に感じることが出来る観光地として内部も見学できる施設になっています。
当時の旅の過酷さを感じる建築
平面計画としては、強固な周壁で囲まれ、周壁の内部には 矩形の中庭が広がり、回廊で囲まれています。左手のオープンなスペースは ラクダや馬などの世話をする所で、厨房やハマム(浴室)、商人の室などがあり、中庭の中央には水場もあります。すべての建物の内部は細長いスリット状の窓があるだけでとにかく暗く、写真撮影もできません。寒々しい石に囲まれた闇の中で一夜を過ごすことは、現代的な感覚の私たちには過酷なことのように思われますが、当時の旅人にとっては長旅の不安と疲労から解放されるオアシスだったことでしょう。しかし、建築の印象としては隊商が安心して宿泊することよりも、盗賊団に対する防御性本位につくられていたとしか考えられない設計でした。そんな無骨な印象の内部に対して、正面の扉口だけは精度の高い石造で、上部には見事なまでに精緻な彫刻がほどこされており、当時の石工たちの技術の高さと意気込みに感銘を受けます。
とにかく精緻で美しい彫刻郡
クレーンや電動工具のない時代、どれほどの人員と時間をかけて建造されているのでしょうか。数百年を過ぎた今も寸分の狂いもなく擦りあわされた石組は見る者の視線をとらえて離しません。色彩こそないものの、宗教建築をも凌駕するような掘り深く、布目のように精緻に彫り込まれた石の壁面は、当時の国家の威信をかけた建築であったことを強く感じさせます。内部のとにかく簡素なつくりと対照的に、ほとんど平たい壁面のないほど石彫に飾られた門構のギャップが鮮明に印象に残っています。
地味な印象の為、他の旅行者にはあまり興味を引かなかった為か、短い滞在時間しか許されませんでしたが、仕事柄、日本の建物を彷彿とさせる見事な手仕事を目の当たりにし、機会があれば、もう一度訪れてみたい気持ちにさせる魅力有る建物のひとつになりました。
営業・設計担当 田中 賢二